内容説明
著者の文学的出発を知るに重要な、大正期に書かれ、ながく雑誌発表のままにおかれていた初期作品群、および作家活動開始後の昭和10年~13年発表の作を収める。29作品中、既刊全集本未収録は19作品。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
耳クソ
18
「ある午後の風景」、「名月」、「長助の災難」が面白かった。「長助の災難」の、理不尽な災難に苛まれながらあくまで独善的に考えることをやめない凡夫である長助の、その思弁の周縁で靄を纏っている死んだ二人の息子を、長助が確認したときの微笑が切実なものであった。「名月」における家庭内の個々のずれや、「ある午後の風景」での自他の断絶のあわいのギリギリの線に突っ込んでいく思弁など、私が小説を読む上で欲しているものがそこにはあった。なぜ「佳人」以降の作品が世間では目立っているのか不思議でならない。2021/11/03
夜間飛行
6
初期作品を読むと、石川淳の核がいかに形成されたかわかる。原質はすでに「手の戦慄」に見られ、少年の劣等感をじわじわ痛む傷口ではなく、むしろ内部にある、痛みを伴った硬質の感覚として描く。「鬼火」の脆弱を補うため、「ある午後の風景」で私小説に回帰し、さらに「桑の木の話」では世の似非道徳に対する強烈な軽蔑をこめる。大正13年といえば、借家住まいの者と近所のコミュニティーの「ずれ」も大きかったろうが、そういう社会と個人の「ずれ」を描く視点が鋭い。淳はこの小説を発表した翌年、左翼学生扇動の件で糾弾され、福岡を去った。2013/03/05