内容説明
茶の心、美の本質に深く迫るには、物にじかに「触れ」、「観る」ことが大切であると説く。そして、名器「喜左衛門井戸」を観てその美を発見し、さらに日本美の共通の基準「渋み」を提唱した、初期の茶人達を高く評価する。さまざまな角度から美を論じつつ、現代の茶人に対する厳しい要求をつきつける辛口の評論集。
目次
陶磁器の美
「喜左衛門井戸」を見る
作物の後半生
蒐集について
茶道を想う
高麗茶碗と大和茶碗
光悦論
工芸的絵画
織と染
茶器
「茶」の病い
奇数の美
日本の眼
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
こきよ
78
破形にこそ真の美をみる。即ち整形を突き破る自由こそが美であると。それは抗い難い自然美への白旗に見せかけて人間の持つ自我の表れなのだろう。完全も不完全も希求してしまえば途端に美の本質を見失う。しかしいざ点前をしてみれば融通無碍にこそ雅を見るなどと言われては如何にも難解であるが批判精神旺盛な論考は刺激的でもある。2015/11/23
マエダ
47
久しぶりに心打たれる本を読みました。特に蒐集についての考え方は秀逸で付箋の数が多くなる。 西洋の眼、日本の眼の考え方も面白い。2023/05/08
ロビン
17
「茶道を想う」「『茶』の病」などの茶道関係の論考と、「光悦論」「日本の眼」などの美に関する論考を選び纏めた一冊。最近、岡本太郎、魯山人、そして柳と三人の著作を続けて読んできたが、共通して言っているのは、「作為(うまく見せよう、作ろうとする下心)があるものはよくない」、「銘や知識に紛動されずにじかにものを観ることが大切である」、「創作は打算ではない」ということであった。三者それぞれに相違点も大きく、それぞれの直観、個性観、芸術観があるが、柳のものは作為のほかに天才的な個性に対しても否定的なのが特徴であろう。2019/11/05
A.T
7
表紙をかざる大名物「喜左エ門井戸」との対面が柳さんと「茶道」との接点であり、袂を分かつことになった出来事だった。それゆえ本著は茶道に対する批判、民芸運動の出発点の根拠を記しているのであり、一般的な茶道論を説いているわけではないのですね。かく言うわたしも本著を柳宗悦が開いた「日本民芸館」の売店で購入、「民芸」ファンの目線から読みました。読み進むにつれ民芸館に展示されていた朝鮮、沖縄の無名の工人、そして河井寛次郎、浜田庄司らの民芸運動実践者の作る日常の道具がどんな審美眼で収集されてきたのかが理解できました。2015/12/27
散歩牛
4
最近興味もったアーティストの村上隆が絶賛してたので読んでみた。柳宗悦の名前と「民芸運動」って言葉は聞いたことがあったけど、今まで正直、作品を見ても地味だしよく分からんというのが正直なところだった。そのせいか初めてこの著書を読んで驚いた。文章が峻烈で、現状の骨董と茶道の世界を破壊して真の美の世界を再創造しようという意志と覚悟に溢れている。でも、主張する内容にはどれも揺ぎ無い美意識と明白な論旨が芯を貫いていて、読語には視界が広がったような気持ちになった。(でもやっぱり自分には民芸の美しさは分からない・・・2016/03/14