ミシェル・フーコー/情熱と受苦

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ミシェル・フーコー/情熱と受苦

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  • サイズ A5判/ページ数 512,/高さ 22cm
  • 商品コード 9784480842473
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C0010

内容説明

「自分自身になれ」というニーチェの言葉に従おうとしたひとりの人間の苦闘の報告書。フーコーはエイズで死ぬことを知りながらゲイ専用のバスハウスに通い、その病いを他の人々にうつそうとした―1987年春に耳にした衝撃的なひとつの噂から著者の探究ははじまる。フーコーの友人たちの証言をも織りこみながら、著述と行動のいりくんだ網目をヴィヴィッドに読み辿ることで、この卓越した思想家のもっとも「独自」で「不隠」な力のありかへ肉迫し、その「哲学的生」を鮮やかに描きだす力作批評。

目次

第1章 作者の死
第2章 ゴドーを待ちながら
第3章 赤裸の心
第4章 人殺しが行われる城
第5章 迷宮のなかで
第6章 残酷なるべし!
第7章 耐えがたい感覚の術
第8章 知への意志
第9章 闘いのかすかなとどろき
第10章 自己の記述
第11章 ある男の秘密

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

iwasabi47

6
エリボンの伝記を読んだ上での参考に。アメリカでのLSD体験の逸話は興味深い。そこがメルマークとなったという著者の考え。伝記というよりフーコー論。浅田さんが批判してます。http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/techo03.html2021/02/21

2
フーコーのテクストは、ある意味では自らの生の作者になることへの強い欲求と、その不可能性から生じる苦闘の中で形成されてきたのかもしれない。彼にとっての自由は、自己の自己超越の不可能性を逃れられない。知や制度や規範、社会的実践が織りなす実定的に主体を生産する力のパワーの前には欲するがままになすような超人的な自由などあり得ない。自己は自己を主体として生産する超越的な主体であることができない。ゆえにフーコーにおいては自己の自己による主体化は自己の世界を取り巻く諸々の力への服従という二重の意味を帯びることになる。2016/07/16

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1
別の仕方で思考することを追求し続けた哲学者の思想を、その生き方と関係させながら辿る試み。確かに「統治されまいとするある種の決然たる意志」というのは重要なモチーフだが、「意志」を強調するあまりハイデガー色が強くなっているような。 それにしても、LSDやらアヘンやらサウナやらSMの話とフーコー の思想が切っても切れないものとして描かれているのが見事。2019/11/03

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