夜と霧 - ドイツ強制収容所の体験記録

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夜と霧 - ドイツ強制収容所の体験記録

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  • サイズ B6判/ページ数 216p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784622006015
  • NDC分類 946
  • Cコード C0011

出版社内容情報

史上最大の地獄、ドイツ強制収容所・アウシュヴィッツにおける自らの体験を綴り、人間の偉大と悲惨を静かに描く。
著者は精神科医。

本書は、みずからユダヤ人としてアウシュヴィッツに囚われ、奇蹟的に生還した著者の「強制収容所における一心理学者の体験」(原題)である。「この本は冷静な心理学者の眼でみられた、限界状況における人間の姿の記録である。そしてそこには、人間の精神の高さと人間の善意への限りない信仰があふれている。だがまたそれは、まだ生々しい現代史の断面であり、政治や戦争の病誌である。そしてこの病誌はまた別な形で繰り返されないと誰がいえよう」(「訳者あとがき」より)。

1956年の初版刊行以来のロングセラー。
刊行したその年、1956年(昭和36年)の年間ベストセラーでは第2位(出版ニュース社調べ)。
1956年8月に、少し小さめな判で刊行して以来、本当に多くの読者が手にし、読まれた本です。最初は〈現代科学叢書A4〉というシリーズの一冊として発行、1961年3月にフランクル著作集の第1巻にかたちを変えました。
以降、再び単行本化・新装版(1985年1月)となり、現在に至る。

1956年版の本書の原書は1947年版
みすず書房による解説66頁・図版・写真32頁を収録



新版情報:
『夜と霧 新版』池田香代子訳
 (原書は1977年の改訂版)
2002年11月刊 本体価格\1500 160頁
ISBN4-622-03970-2




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EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER
by Viktor E. Frankl

Victor Emil Frankl(ヴィクトール・E・フランクル)
1905年ヴィーンに生まれる。ヴィーン大学医学部卒業。1955年からヴィーン大学教授(神経学、精神医学)。実存分析、ロゴテラピーの創始者。ロゴテラピーは人間の意味への指向・その意志を重視し、深層における精神的実存的人間の発見を意図する療法である。1997年9月歿。著書『死と愛――実存分析入門』、『時代精神の病理学』、『神経症――その理論と治療』『精神医学的人間像』『識られざる神』。

霜山徳爾(しもやま・とくじ)訳
1919年東京に生まれる。1942年東京大学文学部心理学科卒業。宗教哲学・心理学専攻。現在 上智大学名誉教授。著書『人間の限界』(岩波新書、1975)、『人間へのまなざし』(中公叢書、1977)、『素足の心理療法』(みすず書房、1989)、『霜山徳爾著作集』(全7巻、学樹書院、1999-2001)。訳書 フランクル『死と愛』『神経症 Ⅱ』、メダルト・ボス『東洋の英知と心理療法』(共訳、以上みすず書房)。

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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

風眠

234
善も悪も、ひとりの人間の中にある。環境によって人は、勘違いし、調子にのり、求めるままに暴走する。人を愛し、抱きしめるその手も、人を貶め、これ以上ない残酷さで殺すその手も、同じ人間の手なのだ。戦争というものの本当の恐ろしさは、人間のモラルを奪い、頭をおかしくさせるところにあるのだと、強く、強く思った。あまりにも極限過ぎて、人としての感情を失ってしまう場所、それが強制収容所なのだ。それは理不尽に収容された人達も、収容する側にいた人間も、同じだ。苦しい、ただただ苦しい、けれどこの本を読んでよかったと心から思う。2018/04/10

優希

178
過酷な状況に置かれつつも人が生きようとする力に押しつぶされそうになりました。極限悪とも言えるアウシュビッツ強制収容所では人間の感情全てが否定される。下手したら狂気に陥ってもおかしくない環境に投げ込まれても失わない生への意志は、人間の尊厳と精神を奪うことができないということの証明だと思いました。歴史的な出来事としては知っていたものの、実際の様子を知り、鳥肌が立ったのも事実です。このような出来事は繰り返されてはいけない、そう強く感じました。2017/01/23

新地学@児童書病発動中

161
ナチスの残虐な所業が詳細に書かれているので、読み進めるのが辛いときがあった。それでも読んで良かった思う。学術論文風のフランクルの記述の行間から、人間的な熱い想いが噴き上がってくることに心を打たれた。人生に何かを期待するのでなく、人生が自分に何を期待しているか見極めること。このコペルニクス的な転回は想像を絶する収容所での体験によって贖われたものだろう。人間の価値は、地位や金銭、頭脳などでは決まらず、苦しみに耐えて生きていくことで決まるのだと言うことを、本書は教えてくれると思う。2014/12/01

Gotoran

145
冒頭の解説には、アウシュビッツ、ベルゼン他の強制収容所でのナチスドイツの卑劣で非人道的な扱いの記述、戦争という極限状態での人間のエゴ、残忍さが強烈に伝わってくる。また、巻末の写真と図版が、より一層、その悲惨さを印象付ける。それに反し、本文では、極限状態にあるにも拘らず、著者の精神医学者、臨床家としての冷静な眼で洞察された崇高な人間の善なる本質の記録が綴られている。そこには、ロゴセラピー(意志の自由、意味の意志、人生の意味)の正当性が強制収容所体験を通して実証されている。生きる意味とは! 2011/08/21

えちぜんや よーた

110
極限状態で生き残るタイプの人について。(収容所の将校や監視兵の気分次第で、虐殺されたりするので、かなり運に左右されますが)・精神的に高い生活をしていた人(P123)→フランクル自身のこと・日常生活の体験を内面化できる人(P125)→詩や歌などを作れる人・事物を何らかの機智で見れる人(P133)→ユーモアのある人。これらの「生き残りの要素」は、現代の日本に言い換えると、こんな人が当てはまるように思います。・ヒマをつぶす能力が高い人・(有名)ブロガー・起業できる人あくまで個人的な感想ですが。2013/04/06

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