内容説明
ロレンツオ・ヴァッラ(1405/07‐1457)はエラスムスやルター等からも高く評価されたルネサンス期の人文主義者。ストア主義者、エピクロス主義者、フランチェスコ会修道士による対話篇の形で快楽の吟味と再評価がなされる。肉体の美しさを讃美し、快楽を肯定。さらに信仰・希望・愛によって至高の快楽である視福に至ると説く。
目次
第1巻 ストア主義讃美とエピクロス主義讃美(パヴィーアの集い―対話はじまる(1)
カトーネの弁論―ストア主義讃美(2‐7)
ヴェージョの反論―ストア派批判とエピクロス主義讃美(8‐16)
ヴェージョの快楽論―快楽説の具体的展開(17‐32)
ヴェージョの快楽論―性的快楽を中心に(33‐49))
第2巻 ストア主義論駁―ヴェージョの弁論(勇気について(1‐2)
名誉について―名誉も一種の快楽(10‐13)
正義について(14‐31)
エピローグ(32‐36))
第3巻 キリスト教的快楽説―ラウデンセの弁論(ヴェージョ邸の晩餐のあとで(1‐3)
アリストテレス批判―中庸の説をめぐって(4)
ストア派批判―カトーネ批判(5‐6)
カトーネとヴェージョの弁論にたいする制定(7‐14)
キリスト教的快楽説(15‐23)
天国の快楽(至福)(24‐25)
終章―対話を終えて(26‐28))
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
壱萬弐仟縁
27
1431年初出。自然は人類にたいしてあらゆる非情な仕打ちをします。難船・凶作・洪水・火災・疫病・戦災。灼熱、暴風、豪雨、雪、雹、氷、寒冷を生じさせます(46頁)。足利義満が本書を読んでいたならば、あの豪華絢爛な金閣寺などあり得なかっただろう。高潔は、美徳に拠って成りたつ善であり、それ自体のために求められるべきもの(79頁)。正義とは、善意・恩恵・利益を調整する。謙虚さは、権威と善意との調整役(118頁~)。10代でも文体が平易なため、読めるし読むべき本。愚劣な大人にならないために。 2014/12/24
きゃんたか
15
現世的快楽主義と禁欲的徳治主義が一戦を交え、前者が優位に立ったかと思うと最後にキリスト教修道士が双方を吟味して神のもたらす快楽こそ最善と説く。ギリシャローマの哲学者、詩人、軍人らを縦横無尽に引用しながら展開される饒舌ぶりはエラスムスさながらのルネサンス文化を垣間見るようだ。この書をキリスト教の皮を被った快楽主義讚美の書と見なす者もいるが、事実はその反対。エピクロス派とストア派を止揚したキリスト讚美こそこの書の主題である。「天使たちは女でも男でもなく、ほかのものであって、男性女性の別なく至福の人たちです。」2016/02/29
feodor
5
ストア派哲学とエピクロス派哲学を比較して…という本ではあるのだが、ストア派とアリストテレス哲学について論難していくところは、かなりぶっちゃけた感じでおもしろくはあった。徳は中庸というけれども、両極端が悪徳で中庸が美徳、ではなく、美徳と悪徳は相対するものではあるのでは、という発想。とくに、肉体的快感というか、性的快感に対する賛美がなんだかすごかった。そんなぶっちゃけたところを経て、最後のところでキリスト教的にまとめられると、なんともご都合的な感じでどうかな…と思ったり。対話編という形式だが正直演説編。2015/02/04
大臣ぐサン
3
人は私のことをストイックと言うが、私はストア派より断然エピクロス派である。すべては幸福のため。2019/09/08
蟹をこよなく愛する大学生
1
だるい。この本以外で,快楽主義を学ぼう。2022/12/14