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歴史文化ライブラリー
それでも江戸は鎖国だったのか―オランダ宿 日本橋長崎屋

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  • サイズ B6判/ページ数 196p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784642056625
  • NDC分類 210.5
  • Cコード C0320

内容説明

鎖国と呼ばれた時代、江戸にオランダ人の定宿、長崎屋があった。将軍謁見に出府したカピタンの宿を、杉田玄白、平賀源内らが訪れ、そこは異文化交流のサロンであった。江戸は本当に鎖国だったのか。長崎屋の全貌を描く。

目次

江戸の異文化交流―プロローグ
江戸のオランダ宿・長崎屋(江戸の長崎屋とはなにか;その実態をさぐる)
幕府とカピタンの情報が入る宿(幕府御用と商いの道;飛び交う情報のなかで)
カピタンと蘭学者たちとオランダ宿(オランダ文化のサロン;カピタンとの交流;長崎屋のたどった道)
異文化交流の実態―エピローグ

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

HMax

28
「長崎屋の栄枯盛衰」と題名を変えた方が良いのでは?400年もの間、日本のオランダ(最初はポルトガル)との窓口として大活躍。4-5年に一度は焼け落ち、1億円以上の費用を負担してもすぐに元通り。薬から洋書、最後は鉄砲まで扱うが、最後は維新の混乱の中、移転に次ぐ移転で何処へやら。長崎屋の娘姉妹が書いたオランダ商館長ブロムポフのお土産への感謝の手紙が優しくて、当時の豪商の娘さんの雰囲気が感じられました。 2020/06/12

壱萬弐仟縁

12
鷹見泉石の日記(127頁~)。岩波ブックセンターの本が出ているというので、そのすごさをその本で知る必要がある。今はそのすごさを知ることができていない。シーボルトとピアノ(146頁~)。当時の日本人には、ピアノの音色はカルチャーショックだったのだろう。2013/06/20

カール

8
江戸時代。出島にいたオランダ人商館長。通称カピタンは、貿易を行ってくれた江戸幕府と将軍へのお礼。という名目で決められた時期(時期によってまちまちだが1年に1回から4年に1回程度)江戸への参勤を行っていた。その時、江戸における宿泊施設となったのがこちら「長崎屋」になる。この書籍では、長崎屋の実態をとても限られた資料の中からその足跡を洗っていく。外国人に対する規制が厳しかった江戸時代において、ここまで立派なサロンが出来上がっていた事には驚いた。身近に無い知識をどん欲に吸収しようとする江戸知識人の勤勉さを見た。2021/01/10

wang

4
江戸時代に東印度会社商館長が定期的に江戸に参府していた経緯やその実体、そして江戸での知識人とオランダ人との交流を描く。日本橋本石町にあった長崎屋。資料がほとんど残らない中でその実体を研究した成果はすばらしい。ただセンセーショナルなタイトルとは無関係なのでご注意あれ。2011/06/04

ユメ

2
「阿蘭陀通詞の研究」の片桐氏の著書。ゼミの発表を機に手に取った。長崎屋に関して残る史料が少ないため、推測頼りな部分も見受けられるが、非常に興味深い研究である。カピタンが将軍に拝礼する際に献上する反物は、傷み等があった時に備えて必ず予備を持参し、残品は長崎屋を経由して越後屋で売られたという。舶来品が江戸の市中でどのような層の手に渡ったか、気になるところだ。明清文化の比ではないが、抱いていたイメージよりは、江戸市民にとってオランダ文化は近くにあったのかもしれない。2013/07/05

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