目次
まえがき
共生へのことば(1) 難病からの障害を持ち地域で共に生きる(木崎美千代)
第1章 自立生活の多様性を求めて――沖縄県宮古島市を事例にして(岩田直子)
はじめに
1 沖縄県の歴史、文化、社会
2 宮古島市の概況
3 宮古島の障害者の暮らし
4 宮古島の障害者の暮らしからみえてきたこと
おわりに――土地の力を信頼して創り出す宮古島流の自立生活
第2章 日本における障害学の源流としての青い芝の会の思想――「われら」の地平と障害学(頼尊恒信)
はじめに
1 日本における障害者運動の原点――青い芝の会の生成と崩壊
2 われら――共なるいのち
3 「御同朋」としての地平
4 青い芝の会テーゼ
5 「われら」の地平に立つ障害学
第3章 障害者介助にみる「社会モデル」の可能性――障害者が介助を利用するときの呼びかけと応答の関係(橋本眞奈美)
はじめに
1 介助者に感じる嬉しさ、好ましさと言いづらさ
2 介助の場における「医学モデル」と「社会モデル」
3 非対称の関係と「医学モデル」
4 介助の場における障害者のエンパワメント
5 「社会モデル」の介助の可能性
共生へのことば(2) 自立生活とは迷惑をかけること(猪俣敦)
第4章 「社会モデル」を採用するソーシャルワークの可能性――ICFの「統合モデル」を越えて(城戸禎子)
はじめに
1 ソーシャルワーカーの抱えるジレンマと「利用者」
2 障害者ソーシャルワークの拠り所としてのICFの限界と障害の「社会モデル」の意義
3 「社会モデル」を採用するソーシャルワークの可能性
おわりに
第5章 精神医療・保健・福祉サービスへの精神医療ユーザー参加の可能性――イングランドでの実践から(平直子)
はじめに
1 ユーザーと専門職者
2 ユーザーの参加――政策・概念・アプローチ
3 支援サービスへのユーザー参加の意義とバリア――試行的調査の分析と考察
4 ユーザーの専門性を活かすために
おわりに
第6章 「共に生きる教育」の運動における条件整備論の陥穽――熊本の運動の分析から(二見妙子)
はじめに
1 「共に生きる教育」運動における条件整備をとらえる視点
2 熊本における「共に生きる教育」運動と条件整備論
3 第一期の運動における条件整備論への批判
4 第二期の運動における条件整備論の変化の背景
おわりに――条件整備論の陥穽
共生へのことば(3) 「なんで、こんなに報道特番ばっかしなの」――東日本大震災当日の友人の言葉から(井上裕介)
第7章 脱能力主義、脱近代、脱主体の思想を――重度知的障害者の施設職員として障害学に期待する(夏目尚)
1 施設
2 行き詰まる
3 そもそもノーマルである
4 障害学に期待する
第8章 黒川温泉宿泊拒否事件の差別文書の背景にあるもの――ねたみ差別、ストレス解消としての差別(新開貴夫)
はじめに
1 ハンセン病回復者黒川温泉宿泊拒否事件の概要
2 差別文書に見る「ねたみ差別」
3 差別による〈癒し〉――差別する側の理屈(Sの事例から)
おわりに
第9章 水俣病の差別と共生(原田正純)
はじめに
1 公害の特徴
2 水俣病
3 共存への道
第10章 共生の障害学の地平(堀正嗣)
はじめに
1 障害学の課題としての共生
2 英米の障害学をどうとらえるか
3 新自由主義と「共生の障害学」
4 政策化された共生概念の問題点
5 自立を欠いた共生概念の問題点
6 「共生の障害学」の地平
前書きなど
まえがき
(…前略…)
これまでの障害学研究では、どちらかというと、自立や機会平等、バリアフリーが重視され、正面から共生というテーマにアプローチすることが弱かったのではないだろうか。今日の人と人との関係が切り裂かれて、「孤立と闘争」が熾烈化していく社会の中では、それだけでは障害者の解放・人間の解放の原理たり得ない。むしろ「共生」に目を向けることこそ、根源的かつ今日的な障害学の課題である。
私たちが生活している九州沖縄には、共同体的な関係が色濃く残っている。それは、個の自立を阻害する差別的抑圧的な機能を持ちつつも、同時に私たちが「共に生きる」ということを考えるときの感受性の母胎ともなってきた。そしてそのような共同体感覚は、私たちの伝統的な生活様式や思想・宗教等に深く根ざしている。青い芝の会の自立生活運動や優生思想を告発する運動などが、大きなインパクトを持ち得たのはそのようなルーツに根ざしていたからではないかと私は考える。そのようなルーツから、障害学を構想したらどのようになるであろうか。九州沖縄の地域と障害者の現実から障害学を紡ぎ出していくとしたらどのようなものになるであろうか。私たちはそのことを意識しながら研究を進めた。
本書のもう一つのねらいは、障害学の観点から、これまでの障害者支援の実践を問い直しつくりかえようとするという点である。本書の執筆者の多くは、社会福祉や教育の現場と関わってきた。学んできた学問領域も、社会福祉学、教育学等の支援学である。このような領域においては、目の前にいるサービス利用者や子どもたちとどのような関係を切り結び、どのような実践を行っているのかが日々問われている。それゆえ障害の諸相をいかに分析しても、それだけでは足りないものを感じてきた。それは分析をいかにして実践として展開できるのかということである。障害学と支援学はどのような関係にあるのか問うことは、これまで障害学研究の上で大きな問題となってきた。本書は、その問題に対して、それぞれの分野における援助論の展開によって間接的に答えようとする試みである。
(…中略…)
本書の内容構成は以下の通りである。本書は三つのパートに分かれるが、各パート共に研究会のメンバーである当事者のエッセイから出発している。
第一のパートは地域における障害者の現実から原理的な問題を探求する。第1章岩田論文は沖縄宮古島の障害者の現実から、第2章頼尊論文は青い芝の会の思想から、第3章橋本論文は地域で生活する障害者と介助者の関係から論じていく。
第二のパートは、共生の障害学の観点から、これまでの障害者支援の実践を問い直しつくりかえようとする試みである。第4章城戸論文はソーシャルワークの現場から、第5章平論文は精神障害者支援の現場から、第6章二見論文は共生教育の現場からアプローチしている。
第三のパートは、「共生の障害学」をより広い視野からとらえ直し、その地平を明らかにしようとする。第7章夏目論文は重度知的障害者施設職員としての経験から障害学に求められるものを提起する。第8章新開論文はハンセン病への差別の観点から、第9章原田論文は「水俣病への差別と共生」の観点からアプローチする。最後の第10章では「共生の障害学の地平」のアウトラインを提示することを試みる。
本書が日本の障害学のありかたに一石を投じ、その発展にささやかながらも寄与することができれば望外の喜びである。読者の皆さまからの忌憚のないご批判を頂ければ幸いである。
(…後略…)