出版社内容情報
宮川健郎・藤田のぼる・細谷建治ら10人の児童文学評論家による待望の評論集。好評を頂いている「児童文学への三つの質問」の姉妹編にあたる。児童文学を語ることで、混迷している日本の大人と子ども関係のありように対しても一助となる一冊。
児童文学批評という夢 宮川健郎
「共感」の現場検証 西山利佳
ひとは何になるのか 奥山恵
扉の向こうの少年A 濱崎桂子
日本児童文学批評史のためのスケッチ 細谷建治
竹下文子作品における猫の役割 井上征剛
ジャンルとしての「児童文学」 佐藤宗子
萩原規子作品の少女と恋 原田留美
中国児童文学批評の熱き日々 河野孝之
児童文学批評家への道 藤田のぼる
音楽でも美術でも政治でもスポーツでもなく、なぜ文学評論なのか、そして小説でも詩でも短歌でもなく、なぜ「児童文学評論」なのか。なぜ児童文学の創作ではなく、児童文学の批評なのか。(中略)僕もここで児童文学批評という行為に向かうモチーフに実際どのようなものがありうるのかということを考えてみようと思う。・・・
大人である児童文学の読者が、児童文学の創作ではなく批評という立場に身を置こうとするとき、まずもって考えられるのは、自分が受けた作品からの感銘を言葉にしたい、そして併せて作品に対する助言というか、激励というか、その作品がもっといいものになるために、あるいは自分なりに受けとめたその作品のねらいといったものがより完遂されるために、その問題点について指摘したい、語りたいといった感情だろう。作品、作家に対する共感的、同伴者的立場とてもいえようか。ただし、これはかなり一般的な心の動きであるだけに、すべての場合に批評という方向に向かうということではないかもしれない。つまり、こうした思いが批評に向かうためには、その作品のすばらしさや問題点が「他人事」ではなく、どこかで自分自身の問題に重なってくるということがなければならな
目次
児童文学批評という夢
「共感」の現場検証―『夏の庭』『宇宙のみなしご』『西の魔女が死んだ』に感動したあなたへ
扉の向こうの少年A―さとうまきこ『こちら地球防衛軍』を読む
竹下文子作品における猫の役割
荻原規子作品の少女と恋
ひとは何になるのか―『西の魔女が死んだ』と『ステゴザウルス』における変容とその「場所」
日本児童文学批評史のためのスケッチ
ジャンルとしての「児童文学」―再考にむけて
中国児童文学批評の熱き日々―体験的中国児童文学批評史
児童文学評論家への道―長い長い「後書き」のつもりで