出版社内容情報
明治六年,お雇い外国人として来日したパリ大学法学部教授ボワソナアド.彼は,法律家の養成,憲法草案の起草,刑法典・治罪法典の編纂,拷問廃止の建白,民法典の編纂等々と,日本近代法の形成に巨大な足跡を残し,やがて有名な「法典論争」の中で「いけにえの羊」の役を背負わされて去った.その人と時代を究明する.
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
クサバナリスト
5
ボアソナード、その名前は知っていてもその功績は知らなかった。台湾出兵、不平等条約改正等でも貢献したことが分かった。来月、明治大学で開催のボアソナード展に行こうかと思う。2018/05/18
Ohe Hiroyuki
3
我が国の立法の顧問として明治期に活躍したフランス法学者の活動を書いたものである。▼台湾出兵に関し、大久保利通の顧問として北京に一緒に行ったり、講義に向かう途中拷問を受ける声を聞いて、興奮しながら拷問廃止を訴え、格調高い意見書を書き上げるなどボアソナードでの日本の活躍ぶり、そして彼自身が何を考えていたかがよく分かる一冊である。▼足掛け20年以上も日本にいて、我が国に与えた影響は大きい。もっとも。ボアソナードの活動は、国際情勢にも巻き込まれていく。後半は特にドイツとの対比で不遇を託つことも多い。2022/07/04
だまし売りNo
2
彼はde Fontarabieという姓を用いることには消極的である。FontarabieとはGascogne地方の地名で、Boissonade家は貴族の出で代々そこの名家だったようである。Boissonadeは熱烈な反封建論者であっため(福島正夫「旧民法と慣行の問題」福島正夫著作集4(勁草書房1993)78)、自己の名から貴族的な要素を除去しようとしたのではないだろうか。2019/08/04
youka
0
ボアソナードは高校の日本史の頃教わった知識で、旧刑法・旧民法・治罪法を編纂したが、法典論争で敗れた人物ということしか知らなかった。しかし、ボアソナードが日本にもたらした影響は自分の想定を超える多大なものであったことがこの本で語られる。また、日本民法は当初ドイツ法の性格が強いものであったとされていた。このことは鳩山秀夫や我妻栄らも主張していた。しかし、近年にかけて星野英一をはじめとしてフランス法の性格を有してることが明らかになってきた。そのことを学ぶ上でも重要なものになるのではないかと思われる。2016/12/15
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