言葉のはじまりは歌だったという「さえずり言語起源論」は、ギリシアの神々が音楽の調べにのせて言葉を交わしていたという伝説と同じものに過ぎないのでは?と懐疑的に読みました。
しかし、この本は、長年にわたる研究結果が、実に科学的に明かされています。
ウィリアム・ソープ先生にはじめられた周波数分析器(ソナグラム)を使った小鳥の鳴き声の分析から、小鳥の歌の神経科学が解説され、「歌学習の鋳型仮説」というものが説明され、ヒトの言葉と鳥の歌の本質的な違いを指摘することによって、岡ノ谷先生は言語起源の謎を解く鍵を見つけたと言っているのです。
実験の対象となる動物をめぐる研究員たちの苦労、鳥の歌の分析の苦労は、実にあっぱれとしか言いようがありません。
個人的には、鳥類の大脳と哺乳類の大脳との対応が面白く興味ひかれ、認知情報科学の章では、放送大学の授業でおなじみの故・波多野誼余夫先生や長谷川眞理子先生の話も登場しています。サイエンス好きな読者にはたまらないと思います。
私は、人間の音声コミュニケーションである言語が複雑に進化したことの理由は、性淘汰だけとは言えないだろうと考えました。
岡ノ谷先生の主張する言語起源論の弱点である性的ディスプレイとして進化した言語における性差というものが曖昧な点であることと、アリ社会の働きアリやハチ社会などの働きバチなどのように、人間社会にも子を作らずに社会貢献をして生きて行く人々がいるということを考えると、言語の進化が性淘汰されているとは考えにくいです。
むしろ性淘汰を受けずに、書物などのバトンを介したリレーが行われ、言語は一人歩きをしているかのようにさえ考えられるのです。
現代社会におけるさまざまなメディアの拡大、多様化などを視野に入れた場合、音声コミュニケーションと違った文字コミュニケーションの重要性もまた、人間言語を考える上で必要になってくると思いますし、これを音声コミュニケーションと切り離して考えることはできないと思われます。
これは、言語起源説とは別なテーマとなってくるかもしれませんが。
この書は、120ページほどなので簡単に読めてしまい、『言葉にすると簡単な説明になってしまう』ようなことを岡ノ谷先生も述べているのですが、その背景には膨大なデータとテーマが潜んでいます。
『人間言語の起源』という人類にとっての壮大な謎は、人類にとって精神のリレーとも言えるでしょう。
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さえずり言語起源論――新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波科学ライブラリー) 単行本(ソフトカバー) – 2010/11/26
岡ノ谷 一夫
(著)
ジュウシマツの歌には「文法」がある――これが転機をもたらす大発見だった。進化的な起源の異なる小鳥の歌が、言語進化の謎に迫るカギとなるのはなぜなのか。初版刊行から七年半、性淘汰起源説に相互分節化仮説が加わった。「言語の起源は求愛の歌だった」とする進化のシナリオを、苦労と喜びと興奮が満載の研究者人生とともに描く。
- ISBN-104000295764
- ISBN-13978-4000295765
- 出版社岩波書店
- 発売日2010/11/26
- 言語日本語
- 本の長さ144ページ
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2010/11/26)
- 発売日 : 2010/11/26
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 144ページ
- ISBN-10 : 4000295764
- ISBN-13 : 978-4000295765
- Amazon 売れ筋ランキング: - 970,574位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 13,335位生物・バイオテクノロジー (本)
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トップレビュー
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2017年6月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2023年11月8日に日本でレビュー済み
岡ノ谷一夫博士による「カエデチョウ科の囀り」について生涯の研究をまとめた本です。驚いたのは単純な歌を持つ原種のコシジロキンパラから複雑な文法を持つジュウシマツに進化したのがたった250年しかかからなかったことです。家禽化で淘汰圧から性淘汰が優勢になり、原種にもあったメスの歌の複雑さの好みが歌の文法進化をもたらしたことのシナリオは、至近要因と究極要因の両方から説明されており説得的でした。歌に関するオスとメスの脳機能の差異や、メスが示す複雑な歌を聞くとより巣作りに励む行動など、ジュウシマツの脳と行動の変化、それを実現するタンパク質の合成とDNAの変化の示唆がとても面白く読みました。原種のコシジロキンパラの脳や行動の性差はどうなっているのだろうと興味がかき立てられます。
本書の副タイトルは研究内容の変化を言っており、大半はカエデチョウ科の歌研究の内容です。小鳥の歌に興味のある人にはぜひ読んで欲しい本です。
本書の副タイトルは研究内容の変化を言っており、大半はカエデチョウ科の歌研究の内容です。小鳥の歌に興味のある人にはぜひ読んで欲しい本です。
2018年6月19日に日本でレビュー済み
ジュウシマツの鳴き声には「文法」があることを検証した画期的な研究についての本。しかし、文体や語りの流れはエッセイに近いものがあるので、誰にでも容易に読み進めることができると思う。
「文法」とは言っても、ジュウシマツのそれは人間の言語とは異なり特定の、種々の意味を伝えるものではない。どうやらメスを惹きつけることだけを目的とした「唄」に相当するものなのだが、そのさえずり方は固体によって異なっており、その相違は父親や他の雄鳥のさえずり学ぶことによって身につけると言う。
では、何が「文法」なのか? ジュウシマツのさえずりには人間の言葉のシラブル(音素)に相当するものがあり、その音素の配列を有限マルコフ連鎖的に利用すること、つまり音素を部品化して繰り返しや再帰を行い、個体の個性を表現するのだ。メスはより複雑なさえずりを明らかに好む傾向があるため、オスはより多くのメスを惹きつけるためにより多彩な「唄」を歌う。
ジュウシマツは江戸期に東南アジアから移入され、日本だけで独自に家畜化されたため、同じ属に属する外国のフィンチではこのような唄は歌わない。どうして日本のジュウシマツだけがそうなったかの検証など、ちょっとしたノンフィクション並みの面白さもあるが、この本の重要性はやはりジュウシマツに有限マルコフ連鎖文法を構成する能力があることを証明したことにあるだろう。
言語学に詳しい人なら有限マルコフ連鎖と言えばチョムスキーと彼が提唱する生成文法論を思い浮かべると思うが、本書の重要性はまさにそこにあるのだ。チョムスキーは有限マルコフ連鎖自体は『統辞論の諸相』において考察の対象にはするものの、彼が唱える普遍文法には相応しくない(レベルが充分ではない)として退けてはいる。しかし、有限の要素から無限の表現を生み出すことと再帰性については今日に至るまで生成文法の、つまり人間だけが有する言語能力と規定しているため、ジュウシマツが有限マルコフ連鎖文法を生成し得ることは、チョムスキーの主張に対する大きなアンチテーゼの核となり得るだろう。
なお、この本は元々岩波科学ライブラリー176として刊行されたが、その後の研究を踏まえて増補されたものがオンデマンドブックスとして発行されているので、是非ともオンデマンド版で読むことをお勧めする。
「文法」とは言っても、ジュウシマツのそれは人間の言語とは異なり特定の、種々の意味を伝えるものではない。どうやらメスを惹きつけることだけを目的とした「唄」に相当するものなのだが、そのさえずり方は固体によって異なっており、その相違は父親や他の雄鳥のさえずり学ぶことによって身につけると言う。
では、何が「文法」なのか? ジュウシマツのさえずりには人間の言葉のシラブル(音素)に相当するものがあり、その音素の配列を有限マルコフ連鎖的に利用すること、つまり音素を部品化して繰り返しや再帰を行い、個体の個性を表現するのだ。メスはより複雑なさえずりを明らかに好む傾向があるため、オスはより多くのメスを惹きつけるためにより多彩な「唄」を歌う。
ジュウシマツは江戸期に東南アジアから移入され、日本だけで独自に家畜化されたため、同じ属に属する外国のフィンチではこのような唄は歌わない。どうして日本のジュウシマツだけがそうなったかの検証など、ちょっとしたノンフィクション並みの面白さもあるが、この本の重要性はやはりジュウシマツに有限マルコフ連鎖文法を構成する能力があることを証明したことにあるだろう。
言語学に詳しい人なら有限マルコフ連鎖と言えばチョムスキーと彼が提唱する生成文法論を思い浮かべると思うが、本書の重要性はまさにそこにあるのだ。チョムスキーは有限マルコフ連鎖自体は『統辞論の諸相』において考察の対象にはするものの、彼が唱える普遍文法には相応しくない(レベルが充分ではない)として退けてはいる。しかし、有限の要素から無限の表現を生み出すことと再帰性については今日に至るまで生成文法の、つまり人間だけが有する言語能力と規定しているため、ジュウシマツが有限マルコフ連鎖文法を生成し得ることは、チョムスキーの主張に対する大きなアンチテーゼの核となり得るだろう。
なお、この本は元々岩波科学ライブラリー176として刊行されたが、その後の研究を踏まえて増補されたものがオンデマンドブックスとして発行されているので、是非ともオンデマンド版で読むことをお勧めする。
2013年6月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この分野の世界的研究者である著者による、優れて読みやすい良書。
内容については他のレビューアの皆さんがすでに十分紹介されているので省略するとして、問題にしたいのは本書のタイトルと副題。これでは何も知らない人が見れば「人間言語はトリのさえずりから進化した」という荒唐無稽な珍説を主張しているように誤解するのが当然。このようなマスコミ受けしそうな意図的?ミスリードは、長い目で見ると学界にとって決してプラスにはならないように思うのだが、編集者および著者はいかがお考えだろうか。
特に近年、同じような紛らわしいタイトルの論説やプレスリリースを海外でも頻繁に目にするので憂慮に堪えない。第一人者の岡ノ谷氏だからこそできる、またすべき対応があるのではないだろうか。
内容については他のレビューアの皆さんがすでに十分紹介されているので省略するとして、問題にしたいのは本書のタイトルと副題。これでは何も知らない人が見れば「人間言語はトリのさえずりから進化した」という荒唐無稽な珍説を主張しているように誤解するのが当然。このようなマスコミ受けしそうな意図的?ミスリードは、長い目で見ると学界にとって決してプラスにはならないように思うのだが、編集者および著者はいかがお考えだろうか。
特に近年、同じような紛らわしいタイトルの論説やプレスリリースを海外でも頻繁に目にするので憂慮に堪えない。第一人者の岡ノ谷氏だからこそできる、またすべき対応があるのではないだろうか。
2011年6月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
タイトルに騙された感あり。
ほぼ大半が、ジュウシマツとその原種のさえずりの進化についての、研究室日記という感じ。
さえずりの進化については、複雑化のみであり、言語文法とかとは全く関係ない。
最後の数ページで、無理やり言語起源論として、あくまでも仮定レベルでの提唱があるだけで、少なくとも私には全く説得力がなく感じられた。
鳥も言語論も好きなので、分野的にはおもしろといと思うので、もっと頑張っていろんな研究結果をこういった書籍にしてほしい。個人的には研究日記的な誰がどうした文調が嫌いだが。
さえずりじゃなく、地鳴きとかで研究すればもっと面白い発見がありそうなんだけどなぁ。
ほぼ大半が、ジュウシマツとその原種のさえずりの進化についての、研究室日記という感じ。
さえずりの進化については、複雑化のみであり、言語文法とかとは全く関係ない。
最後の数ページで、無理やり言語起源論として、あくまでも仮定レベルでの提唱があるだけで、少なくとも私には全く説得力がなく感じられた。
鳥も言語論も好きなので、分野的にはおもしろといと思うので、もっと頑張っていろんな研究結果をこういった書籍にしてほしい。個人的には研究日記的な誰がどうした文調が嫌いだが。
さえずりじゃなく、地鳴きとかで研究すればもっと面白い発見がありそうなんだけどなぁ。
2013年4月28日に日本でレビュー済み
飼育が容易なことから、小鳥飼育の入門鳥とされるジュウシマツの歌にじっくり耳を傾けたことがありますか? これが意外に複雑で、何と文法まであるというのだから、驚きである。『さえずり言語起源論――新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ』(岡ノ谷一夫著、岩波科学ライブラリー)は、この文法はオスがメスの気を惹くために、より華麗な歌を歌おうとして進化したのではないか、さらに、このことからヒトの言語の獲得過程も説明できるのではないか――という大胆な仮説を展開している。
この書で対象とされているのは、状況に応じて発せられる短い音声「地鳴き」ではなく、求愛や縄張り防衛の場面で発せられる長い音声「さえずり」のほうである。また、ここで「文法」というのは、学校で習う五段活用とかではなく、一つひとつの音をどう並べるかという規則を意味している。
ジュウシマツは日本で作出された小鳥だ。原種のコシジロキンパラを九州のある大名が240年も前に中国から輸入し飼い馴らしていくうちに、今のジュウシマツになったらしい。
動物行動学を確立した功績によりコンラート・ローレンツらと1973年にノーベル生理学医学賞を受賞したニコラース・ティンバーゲンが提唱した研究の枠組みに、「4つの質問」というものがある。行動のメカニズム、発達、機能、進化に関する質問だ。著者は、多くの学生や研究員(著者が各人の氏名と研究テーマを明記しているのは、好感が持てる)の協力を得て、「ジュウシマツはなぜ複雑な歌を歌うのか」というテーマのもと、この4つの質問に答えるべく、研究・実験を進めていく。
一連の独創的な実験の結果、著者の仮説が次々と裏付けられていくが、その過程は刺激的である。
この書で対象とされているのは、状況に応じて発せられる短い音声「地鳴き」ではなく、求愛や縄張り防衛の場面で発せられる長い音声「さえずり」のほうである。また、ここで「文法」というのは、学校で習う五段活用とかではなく、一つひとつの音をどう並べるかという規則を意味している。
ジュウシマツは日本で作出された小鳥だ。原種のコシジロキンパラを九州のある大名が240年も前に中国から輸入し飼い馴らしていくうちに、今のジュウシマツになったらしい。
動物行動学を確立した功績によりコンラート・ローレンツらと1973年にノーベル生理学医学賞を受賞したニコラース・ティンバーゲンが提唱した研究の枠組みに、「4つの質問」というものがある。行動のメカニズム、発達、機能、進化に関する質問だ。著者は、多くの学生や研究員(著者が各人の氏名と研究テーマを明記しているのは、好感が持てる)の協力を得て、「ジュウシマツはなぜ複雑な歌を歌うのか」というテーマのもと、この4つの質問に答えるべく、研究・実験を進めていく。
一連の独創的な実験の結果、著者の仮説が次々と裏付けられていくが、その過程は刺激的である。