社会主義崩壊後の市場万能主義に反対し、経済改革を進めるにあたっては経済的効率、社会的公正、個人の自由のバランスを考えて行なうべきであると述べている。
本書では経済的効率のみに依拠しない様々な経済理論を詳細な引用をつけて紹介しており、読者が興味を持った理論に容易にアクセスできるように配慮してある点が良い。
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21世紀の経済学: 市場主義を超えて (講談社現代新書 1451) 新書 – 1999/5/1
根井 雅弘
(著)
20世紀の経済学は何を解明したのか。どこへ行こうとするのか。新古典派から現代制度派・複雑系へ、最先端経済学への招待。
現代制度派経済学の「混成性原理」――現代制度派経済学の主張のなかでとくに私たちの関心を引くのは、彼らが「混成性原理」(impurity principle)と呼ぶものである。「混成性原理」とは、簡単にいえば、「各システム(あるいは、サブシステム)には、システム全体を支配はしないとしても、そのシステムが機能するためには不可欠な「非純粋性」が含まれている」(「現代制度派経済学宣言」)という考え方のことを指している。(中略)もちろん、現代制度派経済学も、現代では「非契約的要素」より「契約的要素」の方が優位を占めていることは否定しない(これは「優越の原理」と呼ばれる)。しかし、「契約的要素が支配的ではあるが、非契約的要素も存在し、それは総体としての契約にとって不可欠な特性である」と考えるのである。――本書より
現代制度派経済学の「混成性原理」――現代制度派経済学の主張のなかでとくに私たちの関心を引くのは、彼らが「混成性原理」(impurity principle)と呼ぶものである。「混成性原理」とは、簡単にいえば、「各システム(あるいは、サブシステム)には、システム全体を支配はしないとしても、そのシステムが機能するためには不可欠な「非純粋性」が含まれている」(「現代制度派経済学宣言」)という考え方のことを指している。(中略)もちろん、現代制度派経済学も、現代では「非契約的要素」より「契約的要素」の方が優位を占めていることは否定しない(これは「優越の原理」と呼ばれる)。しかし、「契約的要素が支配的ではあるが、非契約的要素も存在し、それは総体としての契約にとって不可欠な特性である」と考えるのである。――本書より
- 本の長さ171ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1999/5/1
- ISBN-104061494511
- ISBN-13978-4061494510
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商品の説明
著者について
1962年宮崎県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、京都大学経済学部助教授。
著書に『経済学のたそがれ』――講談社、『経済学の歴史』――筑摩書房、『ケインズを学ぶ』――講談社現代新書――などがある。
著書に『経済学のたそがれ』――講談社、『経済学の歴史』――筑摩書房、『ケインズを学ぶ』――講談社現代新書――などがある。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1999/5/1)
- 発売日 : 1999/5/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 171ページ
- ISBN-10 : 4061494511
- ISBN-13 : 978-4061494510
- Amazon 売れ筋ランキング: - 762,917位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2004年2月20日に日本でレビュー済み
本書は1962年生まれの現代経済思想史研究者が、経済学の大きな流れを鳥瞰し、それが21世紀にどのような方向に向かう可能性があるかを1999年に予測した本である。本書は20世紀経済学最大の事件としての社会主義の実験と挫折の検討から始まる。著者はここで、社会主義崩壊後の市場原理至上主義(シカゴ学派=新古典派)を批判し、経済的効率・社会的公正・個人の自由という三者のバランスを重視する漸進的改革の必要性を主張する。その上で、新古典派の限界について、A.センの合理的経済人批判と、カオス力学系の影響を受けた複雑性経済学の主張を紹介した後、資本主義の多様性の認識として、複数均衡に基づく比較制度分析、儒教資本主義論、レギュラシオン理論(制度諸形態に焦点を定めて資本主義の動態を解明しようとする可変性の経済学)を紹介している。その際、現代制度派経済学の混成性原理への共感も示される。ただし、新古典派の根強さも強調され、ポスト・ケインズ派経済学のように単なる「正統」に対する「異端」をきどる立場ではいけない、という留保も付いている。最後に、多様な経済思想の流れを汲む経済学の共存の必要性、新古典派の通説の批判と相対化の必要、より広い社会科学・社会哲学の素養の必要性が指摘されている。佐和隆光『経済学とは何だろうか』が1980年代までを扱っているのに対し、本書は主にそれ以後の経済学史を扱っている。また前者が学問論の一環として経済学史を扱い、日米欧の比較を行っているのに対し、後者は経済学に主たる焦点を当てて論じている。本書の結論だけを聞くと、とりたてて目新しいものとも思えないが、現在の経済学の流れを分かり易く論じてくれており(数式が少ない!)、ためになる。
2004年6月6日に日本でレビュー済み
「市場主義を超えて」という副題のとおり、市場原理だけが経済学ではないことを、わかりやすく各学説を整理しながら述べている。社会主義諸国の崩壊以降、何かと市場、市場と言われるけれど、市場だけで経済が説明できたら経済学はお役御免になってしまう。刻々と変化する経済に対し、まだまだ新しい経済学を生み出していく必要性を実感できる一冊。経済学に関わる人ならぜひ読まれたい。巻末の文献案内も重宝する。