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バロックの光と闇 (講談社学術文庫) 文庫 – 2017/11/11
高階 秀爾
(著)
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「歪んだ真珠」を意味する語として生まれた「バロック」は、「粗野な」、「劣った」というニュアンスを帯びて使われる一方で、バッハやベルニーニに代表される雄大壮麗な作品とともに知られてもいる。──では、「バロック」とはいったい何か? 西洋美術史研究の第一人者が、多彩な時代と分野を縦横無尽に駆けめぐり、本質に迫っていく旅の記録。多数の図版を収録した原本に、さらに新たな図版を加えた決定版が登場!
「バロック」という言葉を目にして、何を思い浮かべるだろうか?
もともと「歪んだ真珠」、「いびつな真珠」を意味する形容詞として生まれた「バロック」という言葉は、「粗野な」、「劣った」、「価値の低い」というニュアンスを帯びて使われるようになった。しかし、その一方で、バッハに代表される「バロック音楽」や、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に見られる列柱廊に代表される「バロック建築」など、雄大にして壮麗な作品群が「バロック」の名で呼ばれてもいる。
──では、「バロック」とはいったい何なのか?
パリのポンピドゥー・センターの建築から始まる本書は、西洋美術史研究の第一人者が、音楽や建築にとどまらず、美術、演劇、文学にまで及ぶ多彩な分野を、さまざまな時代にわたって縦横無尽に駆けめぐりながら、バロックの本質に迫っていく魅惑の旅の記録である。ジャンルとしての「バロック」でもなく、時代区分としての「バロック」でもなく、現代にまで至る全時代に見て取られるものとしての「バロック」を、無数の作品を渉猟しながら求めていった先には、現代こそバロックの時代である、という事実が浮かび上がる。
多数の図版を収録した原本に、さらに新たな図版を加えた決定版が登場!
「バロック」という言葉を目にして、何を思い浮かべるだろうか?
もともと「歪んだ真珠」、「いびつな真珠」を意味する形容詞として生まれた「バロック」という言葉は、「粗野な」、「劣った」、「価値の低い」というニュアンスを帯びて使われるようになった。しかし、その一方で、バッハに代表される「バロック音楽」や、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に見られる列柱廊に代表される「バロック建築」など、雄大にして壮麗な作品群が「バロック」の名で呼ばれてもいる。
──では、「バロック」とはいったい何なのか?
パリのポンピドゥー・センターの建築から始まる本書は、西洋美術史研究の第一人者が、音楽や建築にとどまらず、美術、演劇、文学にまで及ぶ多彩な分野を、さまざまな時代にわたって縦横無尽に駆けめぐりながら、バロックの本質に迫っていく魅惑の旅の記録である。ジャンルとしての「バロック」でもなく、時代区分としての「バロック」でもなく、現代にまで至る全時代に見て取られるものとしての「バロック」を、無数の作品を渉猟しながら求めていった先には、現代こそバロックの時代である、という事実が浮かび上がる。
多数の図版を収録した原本に、さらに新たな図版を加えた決定版が登場!
- 本の長さ344ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2017/11/11
- 寸法10.8 x 1.3 x 14.8 cm
- ISBN-104062924641
- ISBN-13978-4062924641
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商品の説明
著者について
高階 秀爾
1932年生まれ。東京大学名誉教授、パリ第1大学名誉博士、日本藝術院会員。専門は、美術史・美術批評。主な著書に、『世紀末芸術』、『名画を見る眼』、『ルネッサンスの光と闇』、『日本近代美術史論』、『想像力と幻想』、『フランス絵画史』、『ニッポン現代アート』、『日本人にとって美しさとは何か』ほか多数。
1932年生まれ。東京大学名誉教授、パリ第1大学名誉博士、日本藝術院会員。専門は、美術史・美術批評。主な著書に、『世紀末芸術』、『名画を見る眼』、『ルネッサンスの光と闇』、『日本近代美術史論』、『想像力と幻想』、『フランス絵画史』、『ニッポン現代アート』、『日本人にとって美しさとは何か』ほか多数。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2017/11/11)
- 発売日 : 2017/11/11
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 344ページ
- ISBN-10 : 4062924641
- ISBN-13 : 978-4062924641
- 寸法 : 10.8 x 1.3 x 14.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 209,744位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年12月2日に日本でレビュー済み
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高階氏の「ルネッサンスの光と闇」や「フィレンツエ」などを昔読んで、座右の書として、イタリア旅行には携行したこともあり、また後輩たちにも薦めました。コンパクトな本ですが、実に面白く、楽しい本です。「バロック」にはイマイチ関心が無かったのですが、以前から気に掛かっている本でしたので、活きている内にと思って発注しました。楽しんでいます。高階氏の語り口は、難しい内容を解り易く平易な文で解説してくれるので、その分野に予備知識が余りなくても、興味深く読み進むことができ、少し教養が増したような自己満足があります。
2020年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても早く届きました。
新品かと思うほどきれいな本で、とても満足な買い物でした。
新品かと思うほどきれいな本で、とても満足な買い物でした。
2018年7月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昔、同じ著者の『ルネッサンスの光と闇』を読んで感動し、その後フィレンツェやローマなどのイタリアのルネサンス美術をたくさん見て回ったのを思い出す。
この本は、バッハ全集の各巻に連載していたということで、テーマが短く区切られていてとても読みやすく、かつテーマごとに図版がつけられていて便利である。
しかも、kindleで読めば図版が拡大して見られるから、文庫本の小さな図版よりもずっとよくわかっていい。
ただ、残念なのは図版が白黒でカラーでないこと。文庫本なら仕方ないところだろうが、元の単行本はカラーだったのではなかろうか?
電子書籍にするに当たってカラー図版にするようにしてもらえれば☆5つにしたところだ。
この本は、バッハ全集の各巻に連載していたということで、テーマが短く区切られていてとても読みやすく、かつテーマごとに図版がつけられていて便利である。
しかも、kindleで読めば図版が拡大して見られるから、文庫本の小さな図版よりもずっとよくわかっていい。
ただ、残念なのは図版が白黒でカラーでないこと。文庫本なら仕方ないところだろうが、元の単行本はカラーだったのではなかろうか?
電子書籍にするに当たってカラー図版にするようにしてもらえれば☆5つにしたところだ。
2017年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2001年に小学館から単行本で出版された書籍の文庫化です。単行本にくらべ、図版が増え、一部の彫刻や建築などの図版は文庫用に別の写真に差し替えられていました。
以下は目次。
序章. バロックと現代
第1章. 歪んだ真珠 - バロックとは何か
第2章. 静謐な形態感覚 - 古典主義
第3章. 不安の幻想と綺想の魅惑 - マニエリスム
第4章. 大衆教化のイメージ戦略 - 対抗宗教改革
第5章. 真実追求の精神 - 自然主義
第6章. 強烈な演出 - 光と闇
第7章. 溢れ出るダイナミズム - 装飾と動勢
第8章. 二重構造の世界 - 写実性と超越性
第9章. 肉体の悲哀と魂の歓喜 - 苦悩と法悦
第10章. 貴族となった芸術家 - 宮廷絵画
第11章. 新しいパトロン - 市民絵画
第12章. 拡大する空間意識 - 都市と建築
第13章. 夢の祝祭空間 - 文学・音楽・演劇
第14章. 生きる喜びの表現 - ロココの美術
第15章. 永遠のバロック - 新古典派とロマン派
まず著者は、ポンピドゥー国立芸術文化センターにバロックと共通する要素を見出すことで、現代の私たちに親しみやすい地点から筆を起こし、「バロック」の語源からその芸術様式を簡潔に説明します。それをふまえ、バロックの対概念としてルネサンスの「古典主義」をとらえ、古典主義の様式化と技巧化の果ての産物としてマニエリスムを置き、それらの時代の芸術を概観することでバロック前史を読者と共有します。つづいて16世紀にバロック誕生の歴史的背景が対抗宗教改革から語り起こされ、本題に進む前の準備が整います。
その後は、描く対象への関心、激越な明暗表現、大仰な演劇的性質、モチーフに込められた寓意、都市や建築の空間設計など、芸術表現にまつわるテーマだけでなく、芸術家の地位、芸術を支えるパトロンの変化など、文化的背景にまつわるテーマが解説されていきます。
カトリック圏の芸術はもちろんのこと、プロテスタント圏をふくめて、教会に支援された宗教芸術から、市民に支持された世俗的な芸術にいたるまで、多岐にわたり紹介されます。
終盤には、18世紀のロココ芸術をバロックの「落とし子」として読み解き、バロックの時代の終焉が描かれます。
最後に、19世紀の新古典派とロマン派の対立が引き合いに出されます。両者の対照性に重ねられるのは、堅牢で静謐な「古典主義」と、華美で情動的な「バロック」。「古典主義」と「バロック」と同じように、相反する両極の葛藤と相克が、時代を超えて反復されることが指摘されるのです。
それにより、現代における「バロック的なもの」について語った序盤とのつながりが示唆されているのでしょう。そこでようやく著者はあざやかな円環を閉じるように筆を起きます。
文庫化にさいして久しぶりに読み返しましたが、歳をへてから読んでも著者の語り口に対する印象は少しも変わりません。文章の上品さとよどみなさに惹きつけられたまま、あっという間に読んでしまいました。助走から着地にいたる流れが見事で、たとえ門外漢であっても読者をスムーズに本書の世界に誘う手際の良さに、相変わらず感嘆させられます。
以下は目次。
序章. バロックと現代
第1章. 歪んだ真珠 - バロックとは何か
第2章. 静謐な形態感覚 - 古典主義
第3章. 不安の幻想と綺想の魅惑 - マニエリスム
第4章. 大衆教化のイメージ戦略 - 対抗宗教改革
第5章. 真実追求の精神 - 自然主義
第6章. 強烈な演出 - 光と闇
第7章. 溢れ出るダイナミズム - 装飾と動勢
第8章. 二重構造の世界 - 写実性と超越性
第9章. 肉体の悲哀と魂の歓喜 - 苦悩と法悦
第10章. 貴族となった芸術家 - 宮廷絵画
第11章. 新しいパトロン - 市民絵画
第12章. 拡大する空間意識 - 都市と建築
第13章. 夢の祝祭空間 - 文学・音楽・演劇
第14章. 生きる喜びの表現 - ロココの美術
第15章. 永遠のバロック - 新古典派とロマン派
まず著者は、ポンピドゥー国立芸術文化センターにバロックと共通する要素を見出すことで、現代の私たちに親しみやすい地点から筆を起こし、「バロック」の語源からその芸術様式を簡潔に説明します。それをふまえ、バロックの対概念としてルネサンスの「古典主義」をとらえ、古典主義の様式化と技巧化の果ての産物としてマニエリスムを置き、それらの時代の芸術を概観することでバロック前史を読者と共有します。つづいて16世紀にバロック誕生の歴史的背景が対抗宗教改革から語り起こされ、本題に進む前の準備が整います。
その後は、描く対象への関心、激越な明暗表現、大仰な演劇的性質、モチーフに込められた寓意、都市や建築の空間設計など、芸術表現にまつわるテーマだけでなく、芸術家の地位、芸術を支えるパトロンの変化など、文化的背景にまつわるテーマが解説されていきます。
カトリック圏の芸術はもちろんのこと、プロテスタント圏をふくめて、教会に支援された宗教芸術から、市民に支持された世俗的な芸術にいたるまで、多岐にわたり紹介されます。
終盤には、18世紀のロココ芸術をバロックの「落とし子」として読み解き、バロックの時代の終焉が描かれます。
最後に、19世紀の新古典派とロマン派の対立が引き合いに出されます。両者の対照性に重ねられるのは、堅牢で静謐な「古典主義」と、華美で情動的な「バロック」。「古典主義」と「バロック」と同じように、相反する両極の葛藤と相克が、時代を超えて反復されることが指摘されるのです。
それにより、現代における「バロック的なもの」について語った序盤とのつながりが示唆されているのでしょう。そこでようやく著者はあざやかな円環を閉じるように筆を起きます。
文庫化にさいして久しぶりに読み返しましたが、歳をへてから読んでも著者の語り口に対する印象は少しも変わりません。文章の上品さとよどみなさに惹きつけられたまま、あっという間に読んでしまいました。助走から着地にいたる流れが見事で、たとえ門外漢であっても読者をスムーズに本書の世界に誘う手際の良さに、相変わらず感嘆させられます。
2019年6月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
バロックというわかりにくい形式をわかりやすく解説してくださり、本当に役に立つ本です。
私は美術史を大学院で学んでいますが、このような基本中の基本を教えて頂ける本はめったにない。
流石は高階先生と思います。
私は美術史を大学院で学んでいますが、このような基本中の基本を教えて頂ける本はめったにない。
流石は高階先生と思います。
2018年2月2日に日本でレビュー済み
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バロック絵画の特質、歴史、影響など、豊富な具体例を出しながら詳述。
文章はわかりやすくて、しかも言及される作品の一々について図版(桃の黒)がついてるのもありがたい限り。
文章はわかりやすくて、しかも言及される作品の一々について図版(桃の黒)がついてるのもありがたい限り。
2017年11月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
バロックはラファエロなどのルネサンスが重要視した古典回帰に反発して生まれた側面があるから、調和や秩序に対して躍動や破調が特色だ。ルネサンスがマニエリスムに転調していった後にバロックは誕生し、マニエリスムの歪みに対する反発から写実の要素も含む。そしてその後のロココと新古典主義の対立もバロックとルネサンスの対立と同等のものと捉える。ロココはバロックの落とし子とも言える。さらにバロックは拡張して17世紀を中心とする文化全体の特徴とされる。そしてその場にいたものだけしか享受できない演劇や祝祭こそバロックの極みであるとされる。そもそもバロックという言葉は最初は軽侮のニュアンスを持つ言葉だったが、20世紀に入り特定の文化的傾向を指すようになり、さらに意味と対象を拡大していったのだ。叙述は以上のように時代の流れに沿って進むし、高階氏の文章はリズム感があり非常に読みやすく、興味を持って読むことができた。随所に挟まれる絵画や彫刻、建築の写真は美術史の本を何冊か読んだことのある読者にはおなじみの定評ある作品が多い(ただし鮮明ではあるが全てモノクロ)。バロックを支えた教会(カトリック)、絶対主義国家(フランス)、市民社会(オランダ)などへの目配りも適切だ。
2018年2月2日に日本でレビュー済み
著者の高階秀爾氏は1932年生まれで東大教授などを歴任した美術史研究界の泰斗です。とはいえ、氏の文章は専門家が物す徒(いたずら)に衒学的な日本語ではありません。美術史の門外漢である私のような一読者に対しても、美術を楽しむためのコツを簡潔明瞭に指南してくれるのです。
先日手にした『 カラー版 - 近代絵画史(上) 増補版 』(中公新書)では、ロマン主義以降の西洋絵画の歴史を大変深く理解することができましたが、そのロマン主義より前のバロック美術についても知りたいと思っていたところに、この文庫本が出来していたことを知りました。この書の原本は2001年に小学館から出た単行本『 バロックの光と闇 』です。
高階先生はバロック絵画の神髄に迫るにあたり、そこへとつながる古典主義、つまりルネサンス芸術の特徴から説き起こしていきます。線的/平面的/閉ざされた形態/多様性/絶対的明瞭さを特徴とするルネサンスに対し、バロックは絵画的/奥行重視/開かれた形態/単一性/相対的明瞭さを旨としています。
今から9年前の2009年7月、私はローマに出張した折、Dan Brownの小説『 Angels & Demons 』を読んでいたこともあって、ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア聖堂にあるベルニーニ作『聖テレジアの法悦』を見に行ったことがあります。Brownの小説内ではこの作品には何やら怪しげな制作背景があるかのように書かれていましたが、そのことはさておき、この彫刻の躍動感あふれる演劇的な構図に圧倒されながら飽かず見上げ続けたことが今も忘れられません。この書によれば、ルネサンスでは絵の視点は人間の眼の高さに設定される一方、バロックは画家の視点は通常よりも低く設定されるとのこと。まさしく私が見あげたベルニーニの作品にはバロックの神髄が込められていたことが今更ながらよく理解できます。
またルネサンスは不完全な現実を目の当たりにしてより理想的なものを目指す写実主義的なものであったかたわら、バロックは目の前のものこそ真実であるという自然主義的観点で絵画作品が作られたという対比も、言われてみれば確かにそうだと頷けるものです。そうしたバロック的彫刻作品にグレゴリオ・フェルナンデスの彩色彫像『横たわるキリスト』があります。私はマドリッドにショートステイしていた際、ステイ先ファミリーに連れられてマドリッド市内の教会でこれに似た像を見せられたことがあります。クリスチャンではない私にはその生々しい像は正視しづらいものでしたが、この書で得た知識とともに思い返すと、この像もまたバロック的自然主義の現れだったのかと懐かしむことができました。
この書はルネサンス古典主義に続くマニエリスム――それは1520年代以降の宗教戦争と領土拡張戦争に明け暮れる不安の時代を象徴する表現手法です――をたどり、そしてバロック以降の(バロックと同じく演劇的世界観を持ちながらも軽快・優雅・繊細な特徴を有する現世志向の)ロココ美術や、(バロック芸術に似た、変化や破壊への衝動を内在させる)ロマン主義芸術へと、論を進めていくのです。
まさしく私が知りたかった前ロマン主義時代の芸術史の流れが大変よくわかりました。
カバー絵にベラスケスの『皇太子バルタサール・カルロスの騎馬像』(1634-35年)があしらわれているのは、ひょっとしたら今年(2018年)2月24日から5月27日まで上野・国立西洋美術館で開催予定の「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」の目玉展示作品だからでしょうか。この高階先生の書で学んだことを念頭に、上野の展覧会を楽しみたいと思います。
-----------------------------------
*287頁:「バイエルン国王の首都ミュンヘン」とありますが、正しくは「バイエルン王国の首都ミュンヘン」です。「王国」が「国王」になってしまっています。
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この書で著者は、バロック芸術とハリウッド映画がその大衆性・祝祭性の面で共通していると指摘しています。「善人は栄えて悪人は滅ぶといったような勧善懲悪的価値観は、スクリーンの映像をとおして広められ、強化される。それが当初から制作者の意図であったかどうかは別として、ハリウッド映画が結果として大衆教育に大きな役割を果たしたこと、そして今なお果たしつつあることは否定し得ない。まして、『ベン・ハー』や『十戒』のような、旧約聖書の物語を主題とした映画の場合は、宣伝または強化の意図はきわめて明白であるといってよいであろう」(19頁)。
事実1950年代の『ベン・ハー』や『十戒』などの宗教映画は共産主義に対する旧態ハリウッド側の巻き返し策の一環でした。その様子はバロック絵画がプロテスタントの宗教改革に対抗する旧教(カトリック)側の巻き返し策の一翼を担っていた事実と重なります。
50年代ハリウッドのレッド・パージとキリスト教勢力との関係については以下の書物が大変参考になります。
◆木谷佳楠『 アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史 』(キリスト新聞社2016年)
:冷戦期に<アメリカ的である>ことは、宗教を否定する共産主義に抵抗することであると考えられました。これによってハリウッドは聖書を題材にした娯楽大作が多く作られるようになったのです。『サムソンとデリラ』『クオ・ヴァディス』『聖衣』『ベン・ハー』などの背景に赤狩りの影響があったことが紹介されています。
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先日手にした『 カラー版 - 近代絵画史(上) 増補版 』(中公新書)では、ロマン主義以降の西洋絵画の歴史を大変深く理解することができましたが、そのロマン主義より前のバロック美術についても知りたいと思っていたところに、この文庫本が出来していたことを知りました。この書の原本は2001年に小学館から出た単行本『 バロックの光と闇 』です。
高階先生はバロック絵画の神髄に迫るにあたり、そこへとつながる古典主義、つまりルネサンス芸術の特徴から説き起こしていきます。線的/平面的/閉ざされた形態/多様性/絶対的明瞭さを特徴とするルネサンスに対し、バロックは絵画的/奥行重視/開かれた形態/単一性/相対的明瞭さを旨としています。
今から9年前の2009年7月、私はローマに出張した折、Dan Brownの小説『 Angels & Demons 』を読んでいたこともあって、ローマのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア聖堂にあるベルニーニ作『聖テレジアの法悦』を見に行ったことがあります。Brownの小説内ではこの作品には何やら怪しげな制作背景があるかのように書かれていましたが、そのことはさておき、この彫刻の躍動感あふれる演劇的な構図に圧倒されながら飽かず見上げ続けたことが今も忘れられません。この書によれば、ルネサンスでは絵の視点は人間の眼の高さに設定される一方、バロックは画家の視点は通常よりも低く設定されるとのこと。まさしく私が見あげたベルニーニの作品にはバロックの神髄が込められていたことが今更ながらよく理解できます。
またルネサンスは不完全な現実を目の当たりにしてより理想的なものを目指す写実主義的なものであったかたわら、バロックは目の前のものこそ真実であるという自然主義的観点で絵画作品が作られたという対比も、言われてみれば確かにそうだと頷けるものです。そうしたバロック的彫刻作品にグレゴリオ・フェルナンデスの彩色彫像『横たわるキリスト』があります。私はマドリッドにショートステイしていた際、ステイ先ファミリーに連れられてマドリッド市内の教会でこれに似た像を見せられたことがあります。クリスチャンではない私にはその生々しい像は正視しづらいものでしたが、この書で得た知識とともに思い返すと、この像もまたバロック的自然主義の現れだったのかと懐かしむことができました。
この書はルネサンス古典主義に続くマニエリスム――それは1520年代以降の宗教戦争と領土拡張戦争に明け暮れる不安の時代を象徴する表現手法です――をたどり、そしてバロック以降の(バロックと同じく演劇的世界観を持ちながらも軽快・優雅・繊細な特徴を有する現世志向の)ロココ美術や、(バロック芸術に似た、変化や破壊への衝動を内在させる)ロマン主義芸術へと、論を進めていくのです。
まさしく私が知りたかった前ロマン主義時代の芸術史の流れが大変よくわかりました。
カバー絵にベラスケスの『皇太子バルタサール・カルロスの騎馬像』(1634-35年)があしらわれているのは、ひょっとしたら今年(2018年)2月24日から5月27日まで上野・国立西洋美術館で開催予定の「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」の目玉展示作品だからでしょうか。この高階先生の書で学んだことを念頭に、上野の展覧会を楽しみたいと思います。
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*287頁:「バイエルン国王の首都ミュンヘン」とありますが、正しくは「バイエルン王国の首都ミュンヘン」です。「王国」が「国王」になってしまっています。
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この書で著者は、バロック芸術とハリウッド映画がその大衆性・祝祭性の面で共通していると指摘しています。「善人は栄えて悪人は滅ぶといったような勧善懲悪的価値観は、スクリーンの映像をとおして広められ、強化される。それが当初から制作者の意図であったかどうかは別として、ハリウッド映画が結果として大衆教育に大きな役割を果たしたこと、そして今なお果たしつつあることは否定し得ない。まして、『ベン・ハー』や『十戒』のような、旧約聖書の物語を主題とした映画の場合は、宣伝または強化の意図はきわめて明白であるといってよいであろう」(19頁)。
事実1950年代の『ベン・ハー』や『十戒』などの宗教映画は共産主義に対する旧態ハリウッド側の巻き返し策の一環でした。その様子はバロック絵画がプロテスタントの宗教改革に対抗する旧教(カトリック)側の巻き返し策の一翼を担っていた事実と重なります。
50年代ハリウッドのレッド・パージとキリスト教勢力との関係については以下の書物が大変参考になります。
◆木谷佳楠『 アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史 』(キリスト新聞社2016年)
:冷戦期に<アメリカ的である>ことは、宗教を否定する共産主義に抵抗することであると考えられました。これによってハリウッドは聖書を題材にした娯楽大作が多く作られるようになったのです。『サムソンとデリラ』『クオ・ヴァディス』『聖衣』『ベン・ハー』などの背景に赤狩りの影響があったことが紹介されています。
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