鈴村興太郎は、数少ない世界的な日本人経済学者である. 鈴村は、社会選択理論、厚生経済学に貢献をした. 彼は、ケネス・アロー、アマルティア・セン(2人ともノーベル経済学賞受賞)とも交流があり、仕事仲間である.
3人のサーベイブック"Handbook of Social Choice and Welfare"は社会選択・厚生経済学における重要な書籍である.
鈴村は、一橋大学を卒業し、京大勤務を経て、一橋に戻った. いまでこそ一橋大学における鈴村の地位は確固たるものだが、彼の著作を読むと、一橋に帰ってきたとき、冷遇されていたことがわかる. そこから彼は実力で一橋大学の首領(ドン)となったのである(余談:2019年の学長、蓼沼宏一は鈴村興太郎の弟子のようなものである. 正式な指導学生ではなかったと思う).
鈴村は、宇沢、森嶋、根岸、二階堂と並ぶ偉大な日本人経済学者と言ってよいだろう. そのような彼の人生を知ることは大変意義があると評者は信じている. 経済学徒は本書を読んでしかるべきである. ところで、過去に奥野・鈴村のミクロ経済学を勉強したことがある人は多いと思われる. そのような人は鈴村とはいったいどういう人か疑問に思うだらう. 奥野・鈴村を読んでことがある人も本書を楽しんで読めると思われる. 本書は、ただの回顧録であるから、別に高度な数学が登場するわけではない. 高校生でも読めるので、ぜひ一度読むことを強く勧める.
鈴村興太郎の経歴: 経済学会会長、The Society for Social Choice and Welafre会長、日本学術会議副会長を歴任. 紫綬褒章、日本学士院賞を受賞.
一橋大学卒業(学士、修士、博士)
勤務歴: 一橋大学から京都大学へ. その後、一橋大学へ戻り、定年退官まで一橋で勤務. その後、早稲田大学へ移る. 過去に、ケンブリッジ、オックスフォード、LSE、スタンフォードで(客員研究員などとして)研究を行う.
※詳細な経歴は本書を読むこと.
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厚生と権利の狭間 (シリーズ「自伝」my life my world) 単行本 – 2014/7/10
鈴村 興太郎
(著)
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- 本の長さ378ページ
- 言語日本語
- 出版社ミネルヴァ書房
- 発売日2014/7/10
- 寸法13.8 x 2.8 x 19.5 cm
- ISBN-104623071073
- ISBN-13978-4623071074
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商品の説明
著者について
2014年6月現在現在 日本学士院会員,一橋大学名誉教授,早稲田大学栄誉フェロー,一橋大学経済学博士。
登録情報
- 出版社 : ミネルヴァ書房 (2014/7/10)
- 発売日 : 2014/7/10
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 378ページ
- ISBN-10 : 4623071073
- ISBN-13 : 978-4623071074
- 寸法 : 13.8 x 2.8 x 19.5 cm
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年7月6日に日本でレビュー済み
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2014年8月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者は、「社会的選択の理論と厚生経済学」の分野において日本の第一人者であるだけでなく、世界的にもケネス・アローやアマルティア・センと並ぶ第一級の位置を占めている。本書には、そのような研究者の生活実態が一言一句も疎かにしない見事な日本語で表現されている。
本書は、著者の生い立ちから現在に到るまでの研究活動を辿ったもので、「はじめに」には次のように書かれている。「本書は私の人生の来し方・行く末を綴った自伝であるのみならず、研究者としての苦悩と成長の軌跡を辿った研究記録でもある。」
「研究記録」は第4、7、9章の3つの章に「厚生経済学と社会的選択の理論(1、2、3)」としてまとめられている。(非専門家には少々負担が大きいかもしれないが)これらの章を読めば著者が格闘してきた研究分野の内容を簡潔に理解することができる。
しかし、読者を魅了するのはやはり著者の「自伝」部分であろう。著者が学生から研究者へと成長していく過程が描写されている。一橋大学で学生時代を送ったのち、京都大学経済研究所、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカル・サイエンス)、スタンフォード大学、ハーバード大学など超一流の大学での研究・教員生活を交えつつ一橋大学経済研究所教授を務め、そこを定年退官後、早稲田大学政治経済学術院特任教授を経て退職という、まさに華麗な研究生活が活写されている。
これから社会科学分野の研究者を目指そうとする人、真の研究者とはどのような研究生活を送るのか知りたいと思う人にとっては必読の書である。
本書は、著者の生い立ちから現在に到るまでの研究活動を辿ったもので、「はじめに」には次のように書かれている。「本書は私の人生の来し方・行く末を綴った自伝であるのみならず、研究者としての苦悩と成長の軌跡を辿った研究記録でもある。」
「研究記録」は第4、7、9章の3つの章に「厚生経済学と社会的選択の理論(1、2、3)」としてまとめられている。(非専門家には少々負担が大きいかもしれないが)これらの章を読めば著者が格闘してきた研究分野の内容を簡潔に理解することができる。
しかし、読者を魅了するのはやはり著者の「自伝」部分であろう。著者が学生から研究者へと成長していく過程が描写されている。一橋大学で学生時代を送ったのち、京都大学経済研究所、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカル・サイエンス)、スタンフォード大学、ハーバード大学など超一流の大学での研究・教員生活を交えつつ一橋大学経済研究所教授を務め、そこを定年退官後、早稲田大学政治経済学術院特任教授を経て退職という、まさに華麗な研究生活が活写されている。
これから社会科学分野の研究者を目指そうとする人、真の研究者とはどのような研究生活を送るのか知りたいと思う人にとっては必読の書である。
2020年2月7日に日本でレビュー済み
『厚生と権利の狭間』(鈴村興太郎著、ミネルヴァ書房)を読んで感じたことが、3つあります。著者が研究自叙伝と呼んでいるように、本書では自伝と研究履歴が交互に展開されていきます。
感じたことの第1は、ミクロ経済学に、社会資源の配分はどうあるべきかを研究する厚生経済学という分野があることを知り、未知の学問領域に触れる喜びを味わえたこと。過去に、これと同じような経験をしたことを思い出しました。それは、大学のゼミで、関寛治から国際政治学のゲーム理論を学んだ時です。
厚生経済学の任務は「人間生活の改善の道具」を鍛えることだと考える著者は、厚生経済学に「鈴村整合性」という独自の社会選択理論を導入することによって、この学問に新局面をもたらしました。感じたことの第2は、日本にも世界的に通用する経済学者が存在したという嬉しい驚きです。
感じたことの第3は、著者が研究者として成長する過程で、組織における人間関係で、著者が言うところの「冬の時代」を過ごさざるを得なかったという事実の重みです。
「私が最初の職に就いたのは、1971年5月のことだった。(母校の)一橋大学経済学部の専任講師職である。・・・(1973年4月、京都大学経済研究所から懇望されて)私は2年間在籍した母校の経済学部を離れて、なんら縁がなかった京都大学経済研究所に助教授として移籍することになったのである。・・・(10年間を過ごした、居心地のよい)京都大学経済研究所に別れを告げて、あらかじめ送った大量の図書・文書を追うように私が国立(くにたち)の一橋大学経済研究所に赴任したのは、冷雨が終日降り続く暗鬱な日だった」。一橋大学経済研究所の著名な教授の懇請を受けての移籍だったのに、ここから「冬の時代」が始まります。
「冬の時代」に突入したが、「背筋をピンと伸ばして生き抜く勇気を私は奮い起こ」し、「理不尽な組織の内部に留まって、組織の改革のために粘り強く発言を続ける」道を選択します。「内部から発言し続けるこの選択肢を採用するに際して、無原則な妥協と撤退を自らに禁じるために、3つの規律を私は自己に課した。第1の規律は、私が駆使する唯一の武器は公開可能な発言に限ること、いかに理不尽な処遇に直園しても、同じ地平に立つ報復は禁じ手とすることだった。第2の規律は、不公正な処遇がいかに研究を疎外する状況になろうとも、それを研究の停滞の言い訳にせず、国際的な水準の研究を継続する努力を維持し続けることだった。第3の規律は、グローバルな視野からは所詮小さな存在にすぎない研究所に埋没せず、アカデミックな国際公共財の供給に可能な限りで貢献することだった」。第2の規律に忠実に従って、著者は目覚ましい研究成果を上げ続けていきます。
私にも、組織で何度か「冬の時代」を過ごした経験があるが、著者の覚悟と行動には脱帽です。
感じたことの第1は、ミクロ経済学に、社会資源の配分はどうあるべきかを研究する厚生経済学という分野があることを知り、未知の学問領域に触れる喜びを味わえたこと。過去に、これと同じような経験をしたことを思い出しました。それは、大学のゼミで、関寛治から国際政治学のゲーム理論を学んだ時です。
厚生経済学の任務は「人間生活の改善の道具」を鍛えることだと考える著者は、厚生経済学に「鈴村整合性」という独自の社会選択理論を導入することによって、この学問に新局面をもたらしました。感じたことの第2は、日本にも世界的に通用する経済学者が存在したという嬉しい驚きです。
感じたことの第3は、著者が研究者として成長する過程で、組織における人間関係で、著者が言うところの「冬の時代」を過ごさざるを得なかったという事実の重みです。
「私が最初の職に就いたのは、1971年5月のことだった。(母校の)一橋大学経済学部の専任講師職である。・・・(1973年4月、京都大学経済研究所から懇望されて)私は2年間在籍した母校の経済学部を離れて、なんら縁がなかった京都大学経済研究所に助教授として移籍することになったのである。・・・(10年間を過ごした、居心地のよい)京都大学経済研究所に別れを告げて、あらかじめ送った大量の図書・文書を追うように私が国立(くにたち)の一橋大学経済研究所に赴任したのは、冷雨が終日降り続く暗鬱な日だった」。一橋大学経済研究所の著名な教授の懇請を受けての移籍だったのに、ここから「冬の時代」が始まります。
「冬の時代」に突入したが、「背筋をピンと伸ばして生き抜く勇気を私は奮い起こ」し、「理不尽な組織の内部に留まって、組織の改革のために粘り強く発言を続ける」道を選択します。「内部から発言し続けるこの選択肢を採用するに際して、無原則な妥協と撤退を自らに禁じるために、3つの規律を私は自己に課した。第1の規律は、私が駆使する唯一の武器は公開可能な発言に限ること、いかに理不尽な処遇に直園しても、同じ地平に立つ報復は禁じ手とすることだった。第2の規律は、不公正な処遇がいかに研究を疎外する状況になろうとも、それを研究の停滞の言い訳にせず、国際的な水準の研究を継続する努力を維持し続けることだった。第3の規律は、グローバルな視野からは所詮小さな存在にすぎない研究所に埋没せず、アカデミックな国際公共財の供給に可能な限りで貢献することだった」。第2の規律に忠実に従って、著者は目覚ましい研究成果を上げ続けていきます。
私にも、組織で何度か「冬の時代」を過ごした経験があるが、著者の覚悟と行動には脱帽です。